-名称-
-祀られている神社-
-概要-
| 後醍醐天皇の第四皇子。母親は二条為子。幼少の頃から和歌に親しみ、出家して比叡山天台座主となった。 南北朝の対立が激化すると、父のいる吉野(南)朝方の一品中務卿征東将軍として活躍した。 その中にあっても和歌を離さず、南朝側の歌人の和歌を集めた新葉和歌集や、本人の歌集である李花集などを 遺している。 井伊谷宮では、晩年は元中2年8月10日に73歳に井伊谷で没したと伝えられている(他説もある)。 |
| 後醍醐天皇の第四皇子。母親は二条為子。幼少の頃から和歌に親しみ、出家して比叡山天台座主となった。 南北朝の対立が激化すると、父のいる吉野(南)朝方の一品中務卿征東将軍として活躍した。 その中にあっても和歌を離さず、南朝側の歌人の和歌を集めた新葉和歌集や、本人の歌集である李花集などを 遺している。 井伊谷宮では、晩年は元中2年8月10日に73歳に井伊谷で没したと伝えられている(他説もある)。 |
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